2025/12/17 23:33

ある日、何気なくスーパーで干し蕎麦を選んでいたときのこと。
「二八蕎麦」と書かれた商品を手に取り、原材料表示を見た瞬間、小さな違和感を覚えました。
主な原材料として最初に記載されていたのは、そば粉ではなく小麦粉。その商品に多く使用されているものから記載するのが原材料の表示。
表示に誤りがあるわけではありません。けれど、言葉から受け取った印象と中身の事実がわずかにずれている。その感覚が、静かに残りました。
「二八蕎麦」という呼び名には、そば粉八割というイメージがあります。しかし現実には、その言葉は法律上の定義を持たず、慣用表現として幅広く使われています。
嘘ではない。けれど、必ずしも期待通りとも限らない。この曖昧さは、蕎麦に限った話ではありません。
食品や酒類は、購入前に味を確かめることができません。だからこそ私たちは、「伝統」「職人」「老舗」といった言葉に安心感を託します。
それらは本来、文化や歴史を語るための美しい言葉です。
しかし問題になるのは、言葉が中身を補うのではなく、中身の代わりになってしまうときです。
ウイスキーの世界も、物語と深く結びついています。蒸留所の成り立ち、土地の風土、受け継がれてきた哲学。それらを知ることで、一杯の味わいが豊かになるのは事実でしょう。
一方で、ウイスキーには曖昧にできない要素もあります。どこで蒸留されたのか。どのような原酒が使われ、どの樽で熟成されたのか。熟成年数、アルコール度数、加水や冷却ろ過の有無。これらは物語ではなく、明確な情報です。
不思議なことに、そうした事実を知ったうえで口にするウイスキーは、より静かで、より納得感のある味わいをもたらします。それは派手な驚きではなく、「きちんと選んだ」という感覚がもたらす満足なのかもしれません。
私たちは、ウイスキーを扱う立場として、物語の力を否定することはありません。ただ、言葉だけで価値を語ることもしません。
言葉と中身が重なり合い、説明と体験が自然につながっていること。それこそが、長く愛される一本の条件だと考えています。
二八蕎麦を手にしたときに感じた、あの小さな違和感。そこには「騙されそうになった」という感情は一切なく、「もっと知りたい」という感覚に近いものでした。
同じように、ウイスキーもまた知れば知るほど選ぶ時間そのものが豊かになります。
価格や評価だけでは測れない納得。言葉ではなく、中身を理解したうえで選ぶ喜び。
私たちはこれからも、その一助となるような情報とともに、一杯のウイスキーをお届けしていきたいと考えています。
