2025/12/20 20:00

近年、ウイスキー売り場で「クラフト」という言葉を目にする機会が増えました。
小規模、手仕事、造り手の顔が見える―そんなイメージを抱く方も多いと思います。


ただ、この「クラフトウイスキー」という言葉には、実は法律上の明確な定義がありません。生産量の上限が定められているわけでも、製造工程に特別な条件が課されているわけでもない。言い換えれば、誰でも名乗ることができる言葉です。

これは決して批判ではありません。問題は言葉そのものではなく、言葉が説明の代わりになってしまうことです。本当に信頼できるクラフトウイスキーは、「クラフトであること」を強調しすぎません。むしろ、その背景にある事実を淡々と語ります。


たとえば、生産規模。年間にどれほどの量を仕込んでいるのか。使用しているポットスチルはどのような設計なのか。蒸留回数やカットの考え方はどうか。


こうした情報は、派手さはありませんが、ウイスキーの味わいを形づくる根幹です。それを隠さず示している蒸留所は、「クラフト」という言葉がなくとも十分に説得力を持っています。


また、工程のどこに人の判断が介在しているのかをきちんと説明できることも重要です。すべてが手作業である必要はありません。現代のウイスキー造りにおいて、機械化は品質の安定に欠かせない要素でもあります。


大切なのは、どこを人が決め、どこを仕組みに委ねているのか。そのバランスを誠実に語れるかどうかです。


さらに、信頼できるクラフトには、試行錯誤の痕跡があります。最初から完成された物語ではなく、調整を重ね、失敗を経て現在の形に至った過程。そうした話が自然に出てくるウイスキーは、言葉以上に中身で語っています。


「クラフトだから良い」のではありません。「なぜその味になったのか」を説明できること。そこに納得できるかどうかが、ウイスキー選びの質を大きく左右します。


言葉は、理解を助けるためのものです。理解を省略するために使われた瞬間、違和感が生まれます。


クラフトという表現の奥にある情報に目を向けることで、ウイスキーはより静かに、そして深く楽しめるものになります。それは、知識を誇るためではなく、一杯に向き合う時間を豊かにするための視点です。